片道2時間の夫婦の小さな旅? 義父の遺品整理を始める

かぞく
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昼ごろからの出発。
仕事中ずっとなにを持っていったら良いかを考えていた。
だって、夫は母、父と続き呆けてしまっている。
いつも頼りになる夫は今はいなくて、図体の大きい呆けたおっさんがそこにはいる。
は言い過ぎか・・・

 

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ブルーシート 靴カバー ゴム手袋を持っていこう

とにかく。
亡くなって1週間以上、電気毛布にくるまれていたという布団があるということで。
荷物整理をするのにどうしても気になってしまうであろう布団をくるんでしまおう。とブルーシート。
そして靴を脱いではいりたくない、汚いので素手でさわりたくない。
という事で、ホームセンターで靴カバー、ゴム手袋、ダンボールを購入してもっていこうと決める。

初めてくる日本最大級らしいホームセンター。

フライパンとか、調べたらカインズに行ったらこれを買え!的なものがある人気のホームセンター。

いろいろ見たいけれど、夫に気をつかって必要以外のものは見ないように

がまんがまん。と心がけていた私。

普段はウロウロ、行方不明になるほど色々みたい私が競走馬がつける遮眼革(しゃがんかく)を着けているかのように、
よそ見をしない私に気をつかってか。

「お正月前にここにはもう一度来てもいいかな。」
と思ってもいないであろう言葉をつぶやいてくれていた。 夫よサンキュウ。

とは言っても、いい匂いには黙ってられない。

「わぁ、なんかお醤油のいい匂いがする〜。」

と思わず私がつぶやくと・・・

お団子の売店を探して、海苔を巻いたお団子をふたつ買ってくれた。

車で食べて、さあ出発。

部屋は団地の5階

義父の部屋は団地の5階。

私の母も団地住まいで5階に住んで30年近くもになる。

5年ぐらい前にリフオームで部屋はきれいになり、エレベーターもついて便利になった。

けれど、ここ義父の団地はまだ階段のみだ。

そして少し階段が少し狭めなのだけれど、

警察が遺体をこの階段で運んだ時、それは大変そうだったとか。

一日目は荷物を仕分けしてダンボールへ詰める

初めて入る義父の部屋。

夫の話を聞いた私の想像がすごすぎたのかもしれないけれど

それは夫が言うほど私的には汚いとは思わなかった。

電化製品は小さなテレビ、古そうなビデオデッキ、DVDプレーヤー、電気ストーブ、電気アンカ、電気毛布、小さな冷蔵庫、炊飯器ぐらいの質素な雰囲気。

そして若い頃から文章や短歌などを書いていたらしく、その掲載誌、資料、

そして、三島由紀夫の本や資料、寺山修司の本の本、切り抜き、資料、ビデオ、CDなどなど。

太平洋戦争にかんする本、資料、昭和天皇、キリスト教、好んでいた場所の資料、本など。

それは重く、沢山の量がある。

そして亡くなっている義父の母親に関するもの。

沢山の手紙、アルバムにいれられていない写真。

自宅で箱を開けて取り出す時、再度見たお面たちにすごくドキドキした。

やっぱり怖い。

そして物置には少しの骨董品。

カメラとか、アイロン、ミンチひき肉をつくるであろう器具、一合枡、お釜など。

とりあえずかざったけれど、手入れをして箱詰めする予定。

外の物置に雑にいれられていたので全く価値はないであろうけれど。

好みなので一応持ち帰ろう。

貴重そうなもの、好きな人がいるもの、重要なもの。

などをダンボールに詰め、一番大切そうなものを持ち帰る。

あとは、後日に持ち帰ろうとダンボールにつめて一旦終了。

本棚、押入れ、引き出しなど一応全てに目を通し、

仕分け、という一番たいへんな作業を終えたのであっと言う間に外は真っ暗に。

お腹もすいたので、途中にあったファミレスでご飯を食べる

 

夫はカットステーキ。

私はミートソースとポテト。

今日という日も、このファミレスも思い出になるのだろうね。

と話す。

 

二日目は気になったモノを再度ダンボールへ

前日から24時間勤務へ来ている私は、

昨日これは廃棄だよね、と二人で話していた義父の沢山の写真、義父の別居中の恋人との手紙、写真、義父の母親の写真や老人ホームで描かれたであろう絵。友人などからの手紙。など。

母親と別居をしたり、喧嘩をしたりと好きからだんだん嫌悪へと変わった父親と縁を切ると一旦は決めた夫であるけれど。

呆けながらも話すことの中に。

「車の運転している時の記憶がない。あれ、着いているという感じ。

でもその間に父親とあんな話したな、どこへ行ったなと考えていた事は覚えているんだ。」

とやはり父親との良かった時を思い出し、沢山動揺しているであろう夫のことを考えて、私がした後悔はしてほしくない。と思い。

「明日開けだけどよかったらお父さんのところへ行こうよ。

やっぱり写真とか、手紙とかは全部持ち帰ろうよ。」

と誘い二度目の整理へ翌日の朝私のしごと帰りにきてもらいそのまま出かける。

仕事中仮眠を2時間ぐらいしていないけれど、車の中で寝れば大丈夫。

 

朝はマックで腹ごしらえして。

今回は手紙、写真、確定申告などの書類。

そして詰めてあった本などのダンボールをがんばって車に詰めるかぎり持ち帰る。

 

そして帰り、疲れてお腹がすいたので昨日と同じファミレスへ。

昨日すごく美味しかったミートソースを今日は大盛りに。

そして昨日美味しい美味しいと食べていた私に誘われてか、夫も今日は同じ大盛りのミートソース。

自宅に帰宅してから、色々な表情をしたり、声をだしたりとゆっくり写真を手紙を楽しんでいた。

その姿が私は嬉しかった。

三日目はもう一度見渡す

開けが終わってまだ休みなく昨日は仕事だったので、

また会社帰りの朝、これから整理に行ってしまうことにする。

早く終えてしまわないと、次にすすめないという焦りがすごくある。

朝の腹ごしらえは、ぎょうざの満洲。

夫はW餃子定食、私はピリ辛ラーメンと餃子。うまい!

さすが3割うまいのキャッチフレーズはうそじゃない。と思う。

三度目の今日で終わらせてしまおうと話す。

もう大切なものはすべて詰めたはず。

そう思いながらも、再度引き出し、押入れ、物置を確認して。

少しでもきになるものがあったらダンボールに入れて持ち帰ると決める。

たくさんあるビデオを見るために、ビデオデッキを持ち帰ろうとしたけれど、

どうやら壊れている模様。

持ち帰ったけれど、超汚い。掃除じしなくては。

ラジオ、レコード、カセット、CDが聞けるレトロふうなデッキは汚いけれど持ち帰ることに決める。うわーそうじしなくちゃ。

持ち帰る予定がなかった、家計簿、レシートの束。

など気になるものは全部もって。

詰めたダンボールも全部車にのせて。

一応の整理は終わり。

まだまだ絵画の本とか、本が沢山あるけどそれはもう持つのも、保管するのも無理。 大事にしていたという厚みのある古い広辞苑はもちかえってきた。

辞典類は思いし、もう無理。

ごめんねお義父さん。これでおわり。

終わりという事で、ガッツリ肉を食べる。

おつかれー。

片道2時間の往復4時間の小さな旅の3日間。

重いダンボールを5階から車へ運ぶのをほとんど一人でやってくれた夫よ。

いつもの頼りがいあるところを久しぶりに垣間見れてうれしかったよ。

仕事で泊まり、朝帰りに行く、仕事で泊まり、朝帰りに行く。と寝ないで私も頑張った。

 

とこれを書いていたら、まだ生きている義父の携帯の目覚ましがなる。

目覚ましがなるのは、これが最後です。オフにしたから。

もう起きなくていいのよ。お義父さん。

 

帰ってくる最後に、

義母、夫を大切にします。と告げるが、

いちおう小姑のことも付け足して置いた。

死んでしまった人にお願いしてはいけないというけれど、

皆が健康で、幸せで、お金に困りませぬようにしっかりとみていてください。

夫、といつも言っているあなたの息子とはまだ籍も入っていないので、あなたとは他人の私よりお願い申し上げます。

遺品整理で大切なこと。

もう二度と手に入らないもの、気になったものは後悔しないようにする。

なのかもしれない。

私の父親は、母と私が17歳のときに離婚。

暴れたり、酒乱だったり。離婚してからもアパートへ侵入して部屋を荒らしたりと大変だった母は、私にとにかく父親とは関わるなと言われていた。

その事を守り、父の老後に生活保護や老人ホームからの連絡も無視し続け。

妹から父が亡くなり、葬式があると聞いても無視をして行かなかった。

葬式後に母と話したら、母と妹は親戚が行った葬式へ行ったとのことで。

私は関わるなと言われたから、老人ホームにも葬式にもいかないと決めていたと伝えた。

母が行くので、許すのであれば私も生前の老人ホームも、葬式も行けばよかった。行きたかった。と今は思える私がいます。

古い携帯には妹から送られてきた、生前の枯れた父親のベッドの上で寝ている写真があるけれど、電源が入らないので思い出だけになってしまっています・・・

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